気がつけば慣れた間合いで、ふたり。夕涼みにならんで縁側に座って夜空を見あげるのはもう日課になっていた。特別に約束をしたわけではないけれど、ほとんど最後のほうぬるまった湯をもらった佳主馬がぺたぺたと板張りの床を踏んでいけばまるで待ってでもいたように健二がそこにいて、ごつごつした足首を外に投げ出している。今夜もそう。
健二と星を見るのはそれなりにおもしろかった。いわゆる星座にまつわる話は教科書のコラム程度にしか知らないくせに、どの星はどれくらい遠くにあって、あの星は赤いから寿命がどれくらいで、目で見える流れ星の速度はどれくらいだとか。ロマンの欠片もない話。女の子じゃない佳主馬でさえうんざりするような(もしかしたら女子よりも堪え性がないかもしれない)内容だけれど健二が数字を表面に出さないで話をしてくれるのは失礼だが新鮮で。たぶん夏希は知らないんだろうなと思ったら独り占めしたくなった(だってこの人が数学を好きってことすら上田に来るときに知ったくらいだし、たぶん知らないはず)。
ひんやりと肌にしみる縁側の温度に両の手のひらを浸してからだを支えながら佳主馬は空を見あげた。紺色の画用紙に細かい砂をばらまいたような星空はいったんうすいカーテンの向こうに隠れて、今や東からやってきた月の独壇場だ。たったひとりのための舞台。これから満ちるのか欠けるのか、西へ向かう月の横顔は不恰好だ。
「ねえ、佳主馬くん」
しゃらしゃらと音をたてずに月の明かりが降る。それがとてもうるさくて耳をふさぎたくなった。栄おばあちゃんが大事にしていた朝顔は夜に花を開かないからしぼんでいなだれたままだ。それでも月はしゃらしゃらと明かりを降らせる。咲いても咲かなくても、どちらでもいいみたいに。なんて、うるさい。
「ここのところ毎晩見てるけど、やっぱりちょっとずつちがってくるもんだね」
楽しそうに話す健二にも同じように月の明かりが降る。照らされた頬は青白くて、しおれた朝顔の色に似ていた。
(うるさい)
だから、佳主馬は声には出さないでつぶやいた。耳をふさぐ。うるさい、うるさい。
「おとといくらいはもっとこっちからのぼってきてたと思ったけど」
(うるさい)
「あれだね、昔は月の観察なんて一時間だってできなかったのに」
(うるさい)
「今ならずっと夜でもいいくらい」
(うるさい)
「ねえ、佳主馬くん」
(うるさい)
しゃらしゃらと月の明かりが降る。聞こえても、聞こえないでもいいみたいに。べつに届かなくたってかまわないみたいに音もたてずに降り積もる。
「今夜は月がとても綺麗だね」
パジャマの袖からのびる手が気づけば慣れた間合いを突き破って、月に濡れた佳主馬の頬にひやりと触れた。
PR