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なつゆき。

夏と行き、夏が往き、夏に逝く

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途中原稿

 あわてなくてもいい朝は本当にのんびりできる。ふつうに学校がある平日の朝はいつだってばたばたとあわただしくて、いまみたいに縁側に座って朝ごはんを待っているなんてあり得ないことだ。たしかに健二の家は縁側なんて存在しようがないマンションだし朝ごはんはいくら待ったところで出てこないけれどそういう意味ではなくて、要は気のもちようだ。気持ちに余裕がもてるのはとてもいいことだと改めて実感する。
 上田に来てからこちら、他人さまの家ということで生活のリズムを合わせていたせいか、自然と自分のリズムが矯正されたような気がしてならない。もちろんわるい意味ではなくて。たとえば朝起きるのが苦痛ではなくなって、朝ごはんをきちんと食べないと動けない感じがするのだ。たった数日間でいままでの生活が覆されたことはおどろきだが同時にそれはこの陣内家に来たからだろうとも思う。修学旅行に近い感じで泊まっているけれどそういうのとはまたちがうような。
 とにもかくにも現在時刻は午前七時ちょっと過ぎ。自宅であればまだ寝ているか、最悪寝たばかりというような時間帯に健二は縁側に立つ柱に背中をあずけていた。布団をたたんで服も着替えて、ほかにすることがない状態。女性陣は朝ごはんの支度中、男性陣はなにをしているかよくわからない。なにか手伝おうにも逆に邪魔になってしまいそうだ。一日のうちに一番いそがしいのが朝ということは経験則からもわかっている。そういうときはおとなしくしておいて、後片付けなどを進んで手伝ったほうがだいぶ利口だし相手もぴりぴりしない。これは母から学んだこと。
 いまはひとりでいることのほうが多いけれど小学生のころはちゃんと母が家にいて、健二が中学校にあがったくらいから自分の仕事を再開させていった。陣内の人たちには両親が健二をほったらかしにしているみたいな説明になってしまったけれど、この不況のなかでいそがしくはたらいている両親を責められようはずがない。金銭のことは一括振り込みなのでなんとも言いがたいがもし本当に家庭を顧みていないのであれば二週間に一、二回ほど連絡を入れるなんてことはしないと思う。だいたいは電話で、それが無理なときはメールで。父からのは時差の関係で真夜中であることが多いけれど言葉少なに健二のことを気にかけてくれているのがわかるからそれで十分だ。母のほうは面談や保護者会にはなるべく参加してくれているから完全にノータッチというわけでもない。家族三人で過ごす時間はぐんと減ったけれど健二だって来年には一八歳になる。親の同意がもらえれば結婚できてしまう年齢だ。いつまでもさびしがってはいられない。
 くあ、と健二はあくびを噛み殺す。
 ラブマシーンの一件のせいで明らか健二とわかる写真がニュースに流れてしまってから数日経った昨夜になって母からコンタクトがあり、ひとまずということで解放されたときには二時をまわっていた。それからぱたりと寝て起きてこの時間。いつもなら昼過ぎまで寝ているような感じだけれどここ何日かで身についた週間ですっきり起きられたのは奇跡だ。夏だというのにこの辺りはすずしいから起きやすいのも理由のひとつ、健二に宛がわれた部屋の風通しがいいこともたぶん一因。自宅では熱帯夜から逃げるために冷房をかけては喉を痛めていたので、慣れればなんとも快適すぎる環境だ。佳主馬に言わせれば不便なところで、たしかにそれはそうなのだけれど(だって最寄りのコンビニに行くにもバスを使わなければならないなんて!)
「小磯くん?」
 ふと声をかけられ、柱から背中を離して振りかえる。
「奈々さん」
 七分袖のTシャツにショートパンツという快活な服装はここ数日間で見慣れたものだ。エプロンを片腕に引っかけているからこれから台所に向かうのか。あまり引き留めてはいけないと思い、しかし健二は朝の礼儀として軽く頭を下げた。
「おはようございます」
「おはようございます。ごめんなさい、朝ごはんまだなんです」
「えっ? あ、いや、そんなつもりじゃ……」
 ぼけーっとしている様子が待ちくたびれているように見えてしまったのだろう、申し訳なさそうに眉をカタカナのハの字にさせてしまった奈々に健二は首をぶんぶん振った。こんなところを愛妻家の克彦にでも見られたらなにをされるかわかったものではない。万作のところの三兄弟にはすっかり夏希の彼氏として未来の婿として認識されているから翔太以上にわりといろいろ容赦ない。このあいだなんて酔った勢いでいきなり首に腕をまわされて本当にびっくりした。
 気がつけばふたりして謝り合っていて、「おかーさーん」それを止めた声にやはりふたりして顔を向ける。
「加奈」
「加奈ちゃん」
 母を捜して渡り廊下のほうからとてとて駆けてきた幼子は名前を呼ばれたことで足を止め、きょとんとした表情で奈々と健二とを見くらべると迷うことなく母親の脚に抱きついた。別に健二がきらわれているということではないのだが地味にショックだ。あからさまに隠れられたり逃げられたりされたわけではなくても思わず肩が落ちる。彼女にとっては健二と、そして侘助はまだ要観察対象なのだろう。たったいまも健二の顔をじっと見ていることからもなんとなくわかる。ご機嫌取りに手を振ってみた。
「加奈、お兄ちゃんにおはようございますは?」
 見兼ねた奈々が膝をわずかに屈めて加奈の頭を撫でる。
 先ほどと同じように母親の顔を見あげていた娘はぐるんと首をまわして健二を向き、母親の脚越しに口を開けた。
「おはよーござます」
「はい、おはようございます」
 健二もまたきちんと言葉を返す。
小さい子というのはおとなが思っている以上に自分を取り巻く周囲から情報を吸収しているものだ。ここでおろそかな態度を取ればそれだけで子どもは相手にわかりやすく失望する。なまじ理性的に考えるようになってくる年ごろだから余計に気をつける必要があって、もしここで下手なことをすれば加奈のなかにあまりよろしくない範例をつくることになってしまう。
 常識は物心つく前から培われるもので、子どもがどう育つかは環境によりけり。ほとんど家庭科の授業の受け売りだけれどそうだろうなあと納得している部分が大半だ。なにせ健二自身、両親が共働きで家にいないのはふつうのことだと極々最近まで思っていたくらいだから。母ならまだしも父が家にいるとかなにそれこわい。
 現在海外に単身赴任中の口下手な父親を思い出していると突然組んでいた足に重みを感じ、目を向けてみれば小さな頭があって「うわっ」思わず身を引いた。瞬間、当然のように柱に後頭部を打ちつけて「痛っ!」健二は短い悲鳴をあげる。
「たたたた……」
「ちょ、小磯くん大丈夫? すごい音したけど」
「え、ええ。まあ……」
 心配そうな奈々に健二は後頭部を撫でながらへらりと笑う。衝撃で舌を噛まなかったのは幸いだったが思いきりぶつけたせいで視界が一瞬だけぐわんと揺れた。転げ落ちた消しゴムを拾うのに机の下に潜ってそのまま身体を起こして以下略なダメージとどっこいどっこいだ。
 ふと、あぐらの上に座った加奈と目が合った。子ども特有の大きな目がぱちんとまばたいて、ことりと首がかたむいた。
「だいじょーぶ? いたい?」
「あー、うん。大丈夫だよ」
「そっかー」
 手を当てて痛みを鎮めながら言えば多少なりとも不思議そうにしながらも加奈はうなずいた。事実、頭をぶつけたのは状況把握能力と落ち着きのない自分のせいなのですなわち自業自得だ。
 しかし目撃者がどう捉えるかは予測不可能で。
「こら、加奈」
 自分の娘に非があると取った奈々は先ほどの不安そうな表情を一変させ、怒っているとわかりやすい顔をつくって加奈に向けた。
「お兄ちゃんにごめんなさいしなさい」
「えー」
「えー、じゃないの。ほら、ごめんなさいして」
「や!」
 奈々から顔を背けて健二の服をにぎりしめた加奈はおそらくなぜ自分がごめんなさいしなければならないのかわかっていないのだろう。

「あの、本当に大丈夫ですから! 加奈ちゃんも、本当に、全然」
「でも、瘤になったらいけないからちゃんと冷やさないと。手ぬぐい濡らしてくるから待っててください」
「いえ、本当におかまいなく……」


「朝顔、きれいだね」
「きれいー」


「わあ!」


「真緒ちゃん?」


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