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なつゆき。

夏と行き、夏が往き、夏に逝く

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Starry Heaven's

 夜空を駆ける流れ星をいま見つけられたらなにを祈るだろう。
 ベッドに乗りあがってカーテンを開けた窓からガラス越しに空を見あげた佳主馬はそんなことを考えた。
 昨夜今夜とかけて流星群のピークらしい。佳主馬自身に天体観測の趣味はないから教えてくれたのはニュースではなくて健二だ。さすがは理系というか、彼の興味は理数分野全般におよんでいるようでそれは手伝ってもらった夏休みの宿題からもわかることだ。いちばんは数学で、二番が理科の第一分野、その次に第二分野。自信がないように言っていた中学英語だって楽勝だったし、なんだかんだで勉強のできる人だ。佳主馬にはちんぷんかんぷんな問題だってするする解いてしまう。
 そんな健二が笑って教えてくれた流星群。流れ星なんて上田で散々見たはずなのに、やっぱり東京の人にはめずらしいのだろうかと偏見的に思う。
 窓枠に頬杖を突いて上目に見あげる夜の空。なんとなく待っているけど方角が合っている自信はない。そこまでちゃんと聞いてなかった。
 時刻はもうすぐ午前二時。いままでは平気で起きていたけれどとりあえず健二の背を抜くため最近は早寝に努めているのでそろそろ眠い。今夜はよく晴れているし、東京にくらべたらずっと見えやすいと思っていたのにちっとも流れやしない。興味はうすくても待っていたからにはそれなりに残念な気持ちだ。
 もう寝てしまおうか。くあ、とあくびを漏らしてにじんだ涙をぬぐったら、
「あ」
 弧を描いて空が裂けた。
 たった一筋だけ見えた空に墜ちた光の軌跡。ロマンチックでもなんでもない、落下物の消滅現場。
 佳主馬は窓枠を支えにベッドに膝立ちになると窓ガラスに頬がくっくきそうなほど身を乗り出した。また流れないだろうかと目を凝らしても明るい星がちかちかしているだけどその気配はない。少しだけ落胆。
 でも見えたことに変わりはなく、佳主馬は近くに放ってあったケータイを手に取った。かしゃりとスライドさせ、メール作成画面をひらく。本当は電話したいけれどもう寝ているかもしれないし。
 かしかしとキーを打つ。パソコンとちがって遅々としか文をつくれないのがひどくもどかしい。家族以外とメールなんて滅多にしなかったからどういうのが適切なのかもまだわからない。チャットよりはかたくて。パソコンでやり取りするメールよりは気軽なイメージ。
 流れ星を見た。
 それだけを伝えるのに送信ボタンが押せなくて白っぽいメール画面をじいと見下ろす。わざわざメールにしてまでいま伝えることだろうか。べつに今度チャットしたときに言えばいいような気さえして、佳主馬は小さくため息を漏らす。こんなことで悩んでいるなんて馬鹿みたいだ。
 いっそ消してしまおうか。ふとそう思いついてケータイを操作し、削除しますか、にためらいながら親指を決定キーに乗せた。
 瞬間、ケータイの画面が切り替わった。
「!」
 けたたましく鳴る着信画面におどろき、佳主馬は反射的にキーを押した。二コール目なかばで手のなかのケータイは静まり、画面では通話時間のカウントがはじまる。
 不可抗力に出てしまったけれどこんな時間にだれだろう。三〇秒を超えたカウントアップ。電話してきた相手がだれかなんてたしかめる余裕なんてなかった。佳主馬が黙っているからかスピーカーの向こうもまた沈黙して――いや、がさがさと音がする。ビニール袋がこすれるみたいな。
 もしかして、とひとつまたたいて。佳主馬はのろのろとケータイを耳にあてがった。
「……健二さん?」
『あれ、起きてる?』
 聞こえてきた声はやはり健二のものだ。しかし素でとぼけているようなそれに佳主馬は眉根を寄せる。
「なにそれ」
『や、たまに寝ぼけて電話に出る人いるからさ。てっきり佳主馬くんもその口かと』
「じゃあなんでかけてきたの」
 変にいらいらして言葉がきつくなった。言った直後に失敗したと思ったけれど時すでに遅く、とうに健二の耳に届いている。
『それは……』
 案の定健二は口ごもった。
 意味不明なノイズにしか聞こえないそれに佳主馬は自分に苛つく。そんな声が聞きたいのではないのにどうもうまくいかない。理性的になるのがとてもむずかしい。いつだっていっぱいいっぱいだ。
 なんて、かっこわるい。
『星を』
 自己嫌悪でどうにかなりそうになっていたそのとき、健二がはきとした声でそう言ったのに佳主馬はぱちりとまばたく。
「ほし?」
『ほら、今夜は流れ星がたくさん見えるって言ったよね? だから、佳主馬くんは見たかなって、それだけ』
 くだらないですみません。結ぶ健二の声がフェードアウトする。
「そんなことない!」
 思わず佳主馬はさけんでいた。
 無意識に握りしめたケータイがぎしりと軋む。握力はクラスで平均的なほうだからたぶん火事場のなんとやら。それでも手のひらサイズの電子機器の硬度には叶わず軋んだだけだ。基礎値がまだまだ子どもとかそういうのはいまはどうでもよくて。
『佳主馬くん?』
 確実におどろいている健二に呼ばれた名前に応じるように佳主馬は自分に落ち着けと念じる。落ち着け、落ち着けと何度もくり返しをする。
 ここで正しく言葉を返せなければこの電話は健二にとって失敗と見なされてしまう。佳主馬はちゃんとうれしかったのに。くだらない内容でも大事なことでもなんでも、健二から電話がかかってこなくなるのは嫌だ。たしかないまはすごい夜中だけれど、リダイヤルだけ埋まって着信履歴にひとつも名前がないのではまるで佳主馬ばかりが健二を好きみたいだ。それは単純に悔しくて不安でさびしいこと。
 努めて何気なくガラス越しに外を見あげる。
「見たよ。流れ星」
『本当? いいなあ、こっち曇っちゃってるんだよね。どんな感じ? たくさん流れてる?』
「ううん。一個だけ」
『そっかー。じゃあ願い事できなかったんだ?』
 図ったように訊ねられ、詰まった息を深呼吸で押し流す。肺が酸素を取りこんで全身に行き渡り、視界がクリアになった気がした。
「する前に、叶ったから」
『え?』
「流れ星見た後、お兄さんの声が聞きたいって思った。そうしたら電話かかってきて、ねえ、これってすごくない?」
 笑い声まじりに佳主馬はそう言ってやった。腹を決めたら自分でもびっくりするくらい(きれいな言葉ではないけれど)きれいに言葉になって、ちゃんと伝えたいと思う好きの気持ちは絶大だ。いつかは絶対になるはずの原動力。だって佳主馬はきっとこの人がずっと好きだと思うから。
 だがしかし。健二がこうして黙ってしまっているのはとても怖い。がんばって軽い感じに言ったのに、引かれただろうかという不安がひたひた歩いてくる。
「お兄さん……?」
『びっくりした……』
「は」
 思ってもみなかったリアクションに佳主馬はぱちんとまたたいた。
「なんで」
『や、だって……コンビニの帰りに空見たら曇ってて名古屋はどうだろうってそれで、佳主馬くんと話したいなって思って電話したわけで』
 途端、健二がおかしそうに笑い出す。
『なんだあ、佳主馬もそうだったんだ。ふふ、両想いだね』
 一瞬なにを言われたかわからず、理解したときには顔に血がのぼっていた。
「お兄さんなに言って……!」
『あれ? ちがった?』
「ちがっ、くないけど……ほかに言い方なかったの?」
『えー。意外に適切だと思ったけどなあ』
 とぼけたような健二にもう沈没したくなる。これだから天然はどうしようもない。人の気も知らないで心をえぐったり撫でたりするような平気でぽいぽい言うのだから始末に負えない。夏希には冗談でも言えないくせに。無意識的なところで遠まわしに子どもあつかいされている。それはとてもとても気に入らないのに半分くらいは浮かれている自分がいることにもうにあきれた。
 健二のひと言に心臓が跳ねたのは事実だけどいくらなんでも我ながら安あがりすぎる。佳主馬はため息をついた。この程度で一喜一憂していては告白なんてできたものではない。
「お兄さんって……」
 言葉は先につづかなかった。もしかしたらつづきなんてなかったのかもしれない。気がつかないうちに呑みこんだのは佳主馬すら知らないものだ。
『佳主馬くん、なにか言った?』
「なんでもないよ。……あ」
『どうしたの?』
「また流れた」
 先ほど見たのより少し離れたところで白いものが走る。それを皮切りに次々墜ちる星はまるでシャワーのようだ。花火みたいに欠片が降ってきそう。でも一度にたくさん流れすぎていわゆるありがたみみたいなものはちっとも感じられない。けれど。
「今度はいっしょに見られますように」
 夜に冷えたガラスに手のひらで触れながら青白くひかって降る降る星に佳主馬は小さくつぶやく。星がひとつ流れるのはあまりにも速くて三回も唱えられない。どうして地球をかすめて墜ちるだけの物体に願うのかもわからない、それでも。目がまわりそうなくらいこんなにたくさん流れているのだから佳主馬の些細な願いくらい叶えてくれたっていいのに。
『見られるよ』
 当然のように聞こえていた健二がやわらかい声で言った。
「絶対?」
『絶対』
「約束だよ」
『うん』
 確証は五割もないような口約束。予定が合うかわからないし、天気だって不明。だいたい次はいつ見られるかわからない流星群。それでも約束はたくさんのほうがよかった。まもってもらえなくてもいいだなんてそんなこと佳主馬には言えないから、だから実現するかどうかは佳主馬の努力次第だ。
 夜色の空を白い光が弧を描いて裂いては墜ちる。何度でも。何個でも。目にうるさいくらい星が燃えているのに同じ国にいて同じ空を見ている健二には見えていないという。
「約束だからね」
 佳主馬はくり返す。
 同じものが見たくて背伸びして、それでも足りないから追いかけている。ただ進むだけでは遅すぎる。けれどどうせおとなになるのなら、健二のとなりに立ってちがう見方で同じものを見てふたりで笑いながら育ちたいと思うのだ。










――――――――――――――――
「すれ違いメール」
「電話しながら東京と名古屋で流星群見る」

……どうしてこうなった
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