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なつゆき。

夏と行き、夏が往き、夏に逝く

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鍋①

2013/12/25 14:56
Sub 今
新幹線乗ったから



2013/12/25 15:08
Sub わかりました
気をつけてね!
今からだと2時間くらいかな?


2013/12/25 15:11
Sub Re: わかりました
4時43分に東京駅着く
健二さんこそ気をつけてよ


2013/12/25 15:27
Sub Re2: わかりました
ひどいなあ

5時前だね
ぼくも4時で学校終わるから駅に着くの同じくらいかな


2013/12/25 15:32
Sub 無題
授業中にメールするのはダメなんじゃなかった?



2013/12/25 16:03
Sub Re:
授業終わったよ
今から東京駅行くね

今どの辺? 浜松?


2013/12/25 16:09
Sub Re2:
とっくに過ぎたよ
もうすぐ大宮だって



2013/12/25 16:14
Sub Re3:
了解

あ 電池いっこになっちゃったよ(>_<)


2013/12/25 16:17
Sub Re4:
その顔文字変

着いたらまたメールする
返信いらない


2013/12/25 16:47
Sub  無題
着いた
改札出たところにいるから


2013/12/25 17:01
Sub  無題
健二さん今どこ?
なんかあった?



2013/12/25 17:29
Sub キングへ
健二が事故った
今病院

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ステイワールド

0、
 運命がカードを混ぜ、我われが勝負する。

***
 今年も夏が長く秋が短かったせいか、月が変わるのを待っていたように攻め入ってきた寒波に一矢中てられてどうやら風邪を引いたらしい。やたら長引いている咳のせいで呼吸もままならず、浅くくりかえしてはさらにむせる悪循環。いまはまだ熱は出ていないが洟まで出てきたら病院に行くことも考えなければならないだろう。季節の変わり目に風邪を引くのはもはや恒例行事だができるだけ病院は回避したい。どうにも子どものころから病院という白い空間は苦手だ。とくに昼間のあかるい白い待合室はなにかがあったわけでもないけれどトラウマに近いものがある。
 けんけんといやな咳を手の甲で押さえつけ、もう片手はラックに据えたキーボードに這わせて文字を打つのにはもうだいぶ慣れた。
夏の一件からこちら、OZからは正式な謝罪もあったが待遇等は以前と変わらず、しかしバイトの量はどんと増えた。末端の末端の末端の仕事と並行してOZのエンジニア(バイトではなくてちゃんとした社員の人だ)が組んだ防壁を解体する仕事を割り振られ、学校では保守点検、家では解体作業とそれなりにいそがしい毎日だ。けれど充実はしている。いそがしいのならば余計なことを考えないで済むし、解体作業は保守点検なんかよりずっと楽しい。なにかを創作するのは佐久間のほうが向いていて、だから健二はどちらかと言えばクラッカー。
 夏の大騒動をくりかえさないために日夜強化される防壁のクラッキングするのが仕事でそれがすごい楽しいとか。そう考えてみるとやっぱりヒーローは自分じゃない。世界を救ったのは陣内家の人びとで、健二はラブマシーンが自身をまもるためだったのかもしれない鍵のかかったドアを何度も何度も力づくでこじ開けただけだ。きっとラブマシーンにとってとてもとても不愉快でかなしいことだったろう。もしも健二がそんなことをされたなら、なんてIFは考えられない。考えたくもない。
 鍵盤をたたいてウィンドウに書き出すのは先ほどほどいたばかりの防壁についてだ。佐久間みたいに専門的なことを知っているわけではないから文面はどこがおもしろかった(ぱっと見ではわからない)とか、あそこはもっとこうしたほうが解き甲斐がある(さらさらと簡単には解けない)だとか、小学生の作文もいいところだ。はじめはこんな書き方でいいのかと本気で悩んだが防壁を構築しているエンジニアの代表者が言うには所詮同類だから気にするなとのこと。ハッカーとクリエイターが表裏一体というのは佐久間の例があるので知っているけれどやはり健二は防壁専門の壊し屋だ。だからこそ佐久間はOZのセキュリティを隠匿する二〇五六桁の暗号を教えなかった。数字がならんでいたなら解かずにはいられない健二の性癖をよくわかっている。結局は解いてしまったわけなので先に言っときゃよかったなと後日ぼやかれもした。正直に我ながらあきれるが数字があればそこに意味を見出したくなるのが数学に魅せられた者の宿命ということで勘弁してもらいたい。もちろん反省はしている。二、三枚ほど念書も書かされたことだし、今後は解いたものを不用意に返信したりはしません(解かないのが無理な相談であることはもはや自明)。
 いまの健二の視界はとても広い。普段使いはデスクトップ型のディスプレイだがこの仕事をするときだけはもっぱらHMDを利用している。目を覆う装置によって一メートル先に八〇インチの疑似的画面が浮かんで見え、防壁を構築する数字が整然とならんでいる様はただただ圧巻だ。覆いは可動式なので装着したまま手計算することもできるし、少し頭が締めつけられている感じはあるが特別重たいわけではないので重宝している。パソコンのディスプレイでもできないわけではないがやはりそこは防壁突破が課題なので。どうしても時間との勝負になってくるのでスクロールの手間をはぶきたいし、なによりひと目で全体を把握したい。たまに暗算が先行して計算がごっちゃになることもあるけれど、そういったところでHMDは利点が多い。難点はこれのままOZに長時間ログインしているとどうしても酔ってしまうこと。HMDでゲームをプレイする人の三半規管はいったいどうなっているのやら。そもそも健二はあまりゲームが得意ではない。落ちゲーや音ゲーなんかはそれなりにできるがそれ以外はからっきしできない。
 ぱちん。最後の署名まで弾ききって健二はメールに封をすると自身のアバターにそれをあずけた。まるで健二の邪魔をしないように画面の端でちょこんとしていたリスがいそいそとメールを受け取るのを全視点で見るのは変な感じだ。これがパソコンやケータイのディスプレイ上のことならば気にも留めなかっただろうがこうしてみるとまるで自分とアバターとが同じ空間にいるような、健二がOZにはいりこんでしまったような気さえしてくる。しかしあくまでもそれは感覚的なもので、健二はきちんとリアル(テストだと減点対象。ネットの対義語はリアルではない)にいる。
『メールを送信しますか――――YES/NO』
 効果音とともに出現したリスのふきだし。いちいち確認されるのがときどきわずらわしく感じられつつもタブキーでカーソルをぱたぱた動かしてYESに合わせ、エンターキーを押した。文字数がフィードバックされてやたら大きい封筒をリスが頭の上に掲げてもった。ぽこんとふきだしが飛び出る。
『メールを送信します』
「うん、いってらっしゃい」
 思わず声に出していた。アバターの操作手法として音声認識システムは現在開発中。だからそれは意味のない独り言だ。
アバターがメールを運ぶことなど当然であるにもかかわらずこのようなことを意識せずにつぶやいてしまうのもおそらく視点のせい。あくまでもアバターはOZを利用するツールに過ぎないのに、まるで自分とアバターとが別個のものとして存在しているように錯覚する。
 正方形のパネルが隙間なくならぶデザインの天井と床にはさまれているこの空間は上下以外の隔たりはない。むらさきがかった色調は防壁の厚さを示していて、だからここは健二が破った壁の向こう側だ。試行のための実験場はHMDに対応した最低限のテクスチャでできている。
 おもしろみのない無機質な空間のなかで、とぼけた顔をしたリスの背後にドアが出現する。郵便のマークが描かれた赤いそれはメールの送受信専用だ。通常のOとZを組み合わせた鍵穴状のトンネルでは味気ないと言うクリエイターが組んだパッチを当てているのでこう見える。もっとも、これはHMDでなければわからない追加だが。
 ドアノブをまわしてもう半分はドアの向こう側にひろがる真っ黒い空間にはいりこんでいたリスが思い出したように顔をのぞかせ、行ってきますとでも言いたげに片手を挙げた。
「へ」
 はじめて見るそれに健二は口を開けた。そうしているあいだにもリスは完全にドアをくぐり抜けて、ばたん! と閉まったそれは塩酸に溶けるマグネシウムのように溶けた。
「またなんか増えたのかな」
 OZは日々アップデートされている。全世界共通のネットワークだけあっていわゆる過疎時間というものがないため、サーバーに負荷がかからないほど細分化してアップロードされるため、適応には国単位でばらつきが出る。しかしアバターに関することはきちんと告知されるはずだ。ゲリラ的なものは基本行われない。それは夏にあった混乱騒ぎからより顕著になっていた。
「明日佐久間に訊くか」
 システム関係は親友の領域だ。あれでもチーフの立場だし、すでに実装されているのであれば答えてもらえないということはない。なにもHMDを使っているのは健二だけではないのだからほかにも気がついたユーザーはいるだろうし。たぶん朝にはスレッドもそれなりに育っている気がする。
「あ」
 はたと気がついてワールドクロックを呼び出す。ユニバーサルタイムと東経一三五度を通る子午線の時間がデジタル形式に表示された。時差は九時間プラス。
「げ、四時」
 夕飯と入浴を済ませて課題をはじめたのはたしか二三時過ぎくらいだったからかれこれ五時間は潜りっぱなしだ。セキュリティ関係のバイトは週に一回か二回だがひとつの防壁突破にかなりの時間を要し、その上防壁を添付したメールが届く時間帯も定まっていないため結果的に夜更かし(ときどき夜明かし)する羽目になる。ワールドワイドの短所はあきらかにここだ。クリエイターは本業がそれでもこちとら一介の高校生、明日――もう今日もふつうに学校だ。しかも一時間目から古典とはついていない。
「ねむ……」
 欠伸ではなく咳をけほりと抑えてつぶやく。二時なんて普段ならふつうに起きていられる時間だが正直に目が疲れた。
 アバターはまだ帰ってこないがそろそろ落ちようと思い立ち、ショートカットキーでログアウトのウィンドウを出現させると同時に電子音。ウィンドウがもう一枚重なった。
『ショートメールが届いています』
「こんな時間に?」
 思い当たる節がなく、健二は首をひねる。
 OZのショートメールはケー番ではなくてユーザー同士で交換されるアカウントを登録することで送受信することができる。たとえばチャットの誘いだとか、ログイン状況をたしかめることを意図して利用されるため、未読のショートメールは三〇分を経過した時点で自動的に削除される。ログアウト時には届かない仕様になっているのでアバターを介さないのはそのためだ。
「誰からだろ」
 ひとまずログアウトのウィンドウを遠のけて、ショートメールのウィンドウをクリックすれば床からにょっきりと赤い郵便ポストが生えてくる。かこん、という音がHMD付属のスピーカーから聞こえてポスト内に横たわる封筒をダブルクリック。
「……空メだ、これ」
 ヴン、と展開されたメール。サブジェクトにも本文にも何も記載されていないそれはどこをどう見ても〇バイトだ。
「ミスったのかな」
 健二のアカウントを登録しているユーザーはそう多くないけれどいないことはいない。参加しているコミュニティはいくつかあるし、オンラインでしかつながりのない親しい人もいる。それこそワールドワイドだ。
 ショートメールは個人情報がどうとかで差出人を明記する代わりにユーザーを示すサインが右隅に施される仕様になっている。たとえばまるっこいどんぐりの中央にKが白抜きされているのが健二のサイン。ひと目でわかると好評だが自分でデザインしたわけではないので素直によろこびづらいのが本音だ。
「あれ、このサインって」
 気になって署名欄に目を向ければなじみのあるそれで。しかし見慣れたものとは少し異なるサインに健二は首をかしげた。

***
 サクマ:なあ、キング寝ないでいいわけ? もう4時だぜ? そろそろ中学生にはきっついん
 じゃないの~? (04:17:33)
 カズマ:べつに平気 (04:19:25)
 サクマ:それにしちゃレス遅くね? (04:19:56)
 カズマ:そっちが早いだけだよ (04:20:41)
 サクマ:まったまた~ 健二には即レスのくせによく言う (04:21:07)
 カズマ:うるさい (04:21:39)
 サクマ:おおこわ (04:21:51)
 サクマ:そういや4時っつったらオカスレ立ってたのキング知ってる? (04:22:23)
 カズマ:知らない (04:22:56)
 カズマ:興味ないし (04:23:07)
 サクマ:どっかにまとめサイトあったけど(04:23:11)
 カズマ:ごめん 落ちる(04:23:17)
 Sys:カズマさんが退室しました
 サクマ:わり、見っかんねー (04:23:25)
 サクマ:乙~ (04:24:39)
 サクマ:ってもう落ちてるし! (04:24:53)
 サクマ:オレも寝るかな… (04:26:29)
 Sys:サクマさんが退室しました
 Sys:会話ログを削除しています
 Sys:このチャットルームは使用されていません
 Sys:このチャットルームは使用されていません
 Sys:このチャットルームは使用されていません
 Sys:このチャットルームは使用されていません
 Sys:このチャットルームは使用されていません
 Sys:このチャットルームは使用されていません
 …………………………
 …………………………………………
 ………………



1、
 人間は創造主がつくった傑作である。
 だが誰がそう言うのか――人間である。

***
 二学期がはじまってこちら、夏希にはあたらしく習慣になったことがある。それは物理部の部室でお昼ごはんを食べること。
 一学期までは教室や中庭のベンチで仲のいい女の子たちとおしゃべりをしながらお弁当をつついていたけれど夏休みも過ぎればみんな受験で殺気立っていて、英語の単語帳やら歴史の参考書やらを片手に黙々と食べる友人たちといっしょにいることがつらくなってしまった。
 夏希自身は三年間保ってきた成績や部活での実績のおかげで指定校推薦を受けられることになっている。都内でならMARCHは余裕、学部を選ばなければSKも狙えると担任と進路指導の先生は言うけれど実感はあまりない。そんなことよりも夏希にとって重要なのはあと数ヶ月しかない高校生活をより充実して過ごすことだ。
 友人たちにはわるいが勉強しながらごはんだなんて絶対に消化にわるいと思うし、受験戦争に参戦していない夏希がいたのでは逆にストレスだろう。久遠寺高校は都立ながらも進学校であるだけに教室内はどこかぎしぎしと軋んでいて。
 どう見たってからだによくない空気から逃げるためにも夏希は四時間目終了のチャイムが鳴れば即座にお弁当の包みをもって部室棟に向かう。もちろん途中で飲み物を買うのもわすれずに。今日はミルクティーな気分だったが自販機の前に来たらいちご牛乳のボタンを押していた。好きだからいいけど。
 スカートがめくれるのも気にせず二段飛ばしで階段を駆けあがり(だってお昼休みみじかいんだもん!)、オタク部やらPC部やらと書かれた上に物理部と紙が貼りつけられているドアの前でひざに手を突いて深呼吸。
 夏希と言えば問答無用で閉門突破の常習犯だがびっくりするからできればやめてほしいと言われたことがあったので本当にできるかぎりひかえている。一種のハイテンション状態のときにノックして応答を待つなんてできない。走り出したら急には止まれません。女の子はいつだって全力疾走だ。
 呼吸がある程度落ち着いたところでドアノブをつかんだ。手のひらでつつんだ金属のつめたさが気持ちいい。もっと寒くなったらこれだけでももうつらいのに人間のからだはなんとも現金にできている。見た目に反して手ごたえのないドアだから勢いあまって反対側に立っているだれかに――主に健二にぶつけてしまわないように用心して押し開ける。でもそっと開けたら開けたでなにかあったのかと心配されてしまうからそこのところはうまい具合に加減して。全然気にしてくれないのはいやだけれど機微に聡い男の子っていうのもちょっとめんどうくさい。でも健二だからゆるす。健二のやさしさはとても安心できる。
「お邪魔しまーす」
 こんにちは、夏希先輩。いらっしゃいませ。
へらりと笑って迎えてくれるのをいつもどおり期待していつものようにひと言告げながら部室にはいる。しかし、部室には佐久間ひとりがパソコンの前に座っているだけで。
「あれ?」
 五〇〇ミリリットルのパックとお弁当を抱き、左手でドアノブをつかんだまま夏希はせまい、がらくたが積んであるせいで余計にせまく感じる部室内をぐるりと見まわす。パソコンはぜんぶ動いているだが遣っているのは真ん中のやつだけで、なにより普段健二が座っているパイプ椅子にはたぶん佐久間のものであろうジャケットが無造作に置かれていた。
 健二のすがたがないことに落胆していると、ふと佐久間が耳にはめていたらしいイヤフォンを弾き抜いてこちらを振りかえった。
「あ、夏希先輩。ちわっす」
「佐久間くん。健二くんどうしたの? 購買?」
「ああ。健二なら休みですよ」
「休み?」
 予想していなかった返答に夏希はきょとんとする。
「健二くんお休みなの? なんでなんで?」
「クラスちがうんでおれもさっき知ったんですけど」
 夏希と同じく自販機で買ったのだろうコーヒー牛乳に直接口をつけながら、佐久間。
「なんでも風邪らしいって」
「風邪……」
 そう言えばと思い出す。二週間ほど前から気候が一気に冬らしくなり、それと時期を同じくして健二はひんぱんに咳きこむようになっていた。最初は本当に軽いものだったのに、日が経つに連れていまにも喉を切って血を吐くんじゃないかと心配になるくらいひどくなって。夏希は病院に行くことを何度も勧めたのに健二ときたらだいじょうぶですからの一点張りで(そのあいだも咳きこんでいたくせに)。
「こないだっからあいつ咳ばっかでしたし、熱でも出たんじゃないすかね」
「熱ってそんな……だいじょうぶなの? だって健二くん家って……」
 健二の家庭事情については誤解がないようにと改めてちゃんと説明してもらった。父親が単身赴任中なことには変わりなく、母親は少しマイナー仕事をしているそうだ。大抵ひとりとは言ったけれど滅多に顔を合わせないわけではないようで、健二によればいまは遅い反抗期中らしい。だからさみしいのにさみしいと言えなくて、親が家にいることがうれしいのに素直によろこべないでいるのだと。
 夏希の両親も共働きで帰宅がいちばん早いのは夏希だけれどちゃんと三人で夕飯をかこめることを知っているからさびしくない。そんなのどこに家も同じだ。けれど健二の場合はどこかちがう。慣れたことのように健二はそう言ったけれど。あたたかくもつめたくない、ただかわいているだけの家族なんて。
 コーヒー牛乳をかたむけていた佐久間はパックを机に置いて、肩をすくめた。
「微妙っすね。健二の話だと今日明日には母親が帰ってくるってことだったし、もしかしたら親から連絡行ったのかもしれないし」
「え?」
 ぱちぱちと夏希はまばたく。
「お母さん、帰ってきてるの?」
「らしいですよー。昨日さり気なくすっげー浮かれてたし」
 意外とも言えるそれだが健二が佐久間にうそを言う必要はないからおそらく真実なのだろう。胸に手を当ててほっと息をつく。
「なんだあ。もしひとりだったら午後サボろうかと思った」
「先輩らしいっすね。ま、もしあいつがひとりで寝こんでるっていうなら、おれとっくにいませんけど」
「なにそれ! 佐久間くんずるい!」
 笑いながら夏希はパイプ椅子のひとつに腰かけた。長机の上を占拠しているガラクタを適当に押しのけてスペースを確保し、いそいそとお弁当をひろげる。五時間目は苦手な日本史A、明治維新以降のことなんてさっぱりだ。暗記科目のくせにやたら体力を使うからしっかり食べておかないと最後までもたない(食べたら食べたで睡魔に勝つのがむずかしいのだが)。
 いただきます。きちんと手を合わせてから箸できれいに巻かれたたまご焼きをふたつに割る。夏希の家――というか陣内家のたまご焼きは砂糖がはいっているあまい出汁巻きたまごが基本で、以前おかずを分けてあげたときに健二がとてもおどろいていた。どうやらあまいおかずは食べ慣れていないせいか好かないようだ。たまごを口に入れながら思う。近いうちに陣内家の味で舌を染めてやらなくては。
 頬張ったたまごをもごもごしながらいちご牛乳のパックを開けてストローを差す。さすがに佐久間みたいに直に飲むなんてことはやらない。できないことはないけれど、食事中のお行儀については栄おばあちゃんにしっかりとたたきこまれている。
 いちご味のあまったるいそれをストローですすっていると、独特な電子音が突然聞こえた。なにかと思ってパソコンのほうに顔を向けてみれば佐久間が接続端子からイヤフォンをはずして手もとも見ないでキーボードをたたいていた。
「なになに? またOZ?」
「ただのショートメールです。ライヴチャットのお誘い」
「ライヴチャットってあの、テレビカメラ使ってやるやつ?」
「そうそう」
 佐久間はリズムカルに鍵盤を弾く。視力が二・〇ある夏希でもさすがになにを打っているかまではわからなくて、でもそれがURLらしいことはなんとなくわかった。
「でも、こんな時間に?」
 ふつうに疑問で首をかしげる。手首に巻いた時計を見なくてもお昼もお昼、真っ昼間だ。こんなにあかるいうちからチャットだなんて非常識というか不健康だ。なによりここは学校。機械類にうとい夏希でも知っているようにOZのセキュリティは夏以来より万全なものになって、当然ながら個人情報は完ぺきに伏せられているとしても少しくらいは時間帯を気にしてくれたっていいのに。
 チャットに誘われたのは自分でないのにぷんすかとしながら唐揚げをひと口に頬張る。これは冷凍食品。お弁当内の比率は半々か冷食が一品多いくらい。毎朝つくってもらっている立場なので文句は言えないけれど、やっぱり上田の家でこっそりつまむ唐揚げのおいしさには適わない。
 たん! ひと際大きな音に夏希はふたたび顔をあげる。
パソコンの画面にいくつも浮かんだウィンドウのひとつがノイズもなく像を結んだ。
「キング?」
「佳主馬?」
 佐久間と夏希の声がハモった。
 ウィンドウに映っているのは又従弟の佳主馬その人で、どこからアクセスしているのか前を開けた学ランの首にヘッドフォンを引っかけている。
 ひとまずお弁当箱と紙パックをもって佐久間の横に移動すれば、すぐさま椅子の上のジャケットをどかしてくれた。かんたんにお礼を言ってそのスペースにはいりこむ。
 ぎし、と回転椅子の背もたれに寄りかかりながら佐久間が足を組み直した。
「キング、昨夜ぶり」
『うん。こんにちは、佐久間さん。夏希姉も』
「なーんか元気ないみたいだけどどうした? 寝不足?」
『ちがう』
 ざっくりと一刀両断する声にいつもの覇気が感じられず、心のなかで首をかしげた。どこかおかしい。
 佐久間も同じことを思ったのかこちらを向いて顔を見合わせ、ひとつうなずく。バトンタッチ。又従弟のあつかいには佐久間よりも夏希のほうが断然慣れていて当たり前だ。
 ちゃんとカメラに自身がはいるようにいちご牛乳を片手に夏希は身を乗り出す。
「佳主馬、あんた学校は?」
『いま学校にいる』
「どういうこと?」
「図書館かどこかでラップトップのを借りてるんじゃないですか?」
「なに? ラップトップって」
「ええと、こう、いわゆるパソコン! てやつです。なあキング」

 (中略)

***
 頭の下がやけにもふもふというか、ふかふかし過ぎていて収まりがわるく、ごろりと寝がえりをうてば今度は顔が埋まった。やわらかい枕も考えものだ。蕎麦殻の枕はごつごつして首に合わないからやっぱり低反発枕がいちばんだ。ふとんよりもマットレスのほうが好き。夏に陣内家へ行ってはじめて枕が変わると眠れないタイプだと知ったが家のふとんがいいのは誰でもそうだろう。
「んー……んん?」
 もう一度身体の向きを変えて、違和感。うちの枕はこんなにもふもふしていただろうか。頬に触れている布の感じもなんかちがう。寝ぼけたまま撫でてみれば毛布が逆立つのに似た感触。
「くすぐったいですー」
 甲高い、どこか電子音が混ざったような子どもの声に一気に意識が収束する。右頬を下に横を向いたままそっとまぶたをもちあげれば水色っぽいあかるさがまぶしくて。
「うわあ!」
 自分を覗きこんでいる自分のアバターに健二は目を見ひらいて飛び起き、咄嗟にうしろに手をついてからだを支えながら尻でずって距離を開けた。
「な、なんで……」
 小さなとがった耳のついた楕円形の頭とアンバランスにスマートな胴、ひょろりとした手足。からだと同じくらいの大きさの尻尾からどんぐりがプリントされた白いTシャツに至るまで、それは見まがうことなく欠損データなどないくらい完全に健二のアバターだった。しかも等身大の。
 なんだこれ。なんだこれ!? 声にならない悲鳴がぐるぐるしている。寝起きの頭ではたいしたことなど考えられず、健二は腰を抜かしたような体勢で生唾を飲みこんだ。落ち着きなよ、といつかの幻聴が聞こえたけれどこれは無理だ。冷静になるのもちょっとむずかしい。
 だがしかし。混乱状態にある健二もなんのその、ずんぐりむっくりなぶさかわ系のリスはぽってりとした床に落ちていた尻尾をもちあげた。
「あ、起きました! カズマさん、USERが起きましたよ!」
 いまこいつなんて言った。
「おはようございます、USER!」
 ぴょこりと立ちあがった(足がみじかいからさして見た目の高さが変わらないのが涙を誘う)リスはまるでだれかが『/greeting』『/smile』を指示したように片手を挙げて笑う。操作したのは当然ながら健二ではない。
 思わず絶句してかたまっていると笑顔全開だったリスは次第に顔をくもらせ、四方八方の汗の粒を飛び散らせながらわたわたしはじめた。
「あれ? あれっ? 起きたときの挨拶は『おはようございます』ですよね? 合ってますよねっ? もしかしてUSERは日本人じゃないんですかっ?」
「いや、日本人だけど」
「ですよね! よかったあ、設定ミスじゃありませんでした! おはようございます、USER!」
「あ、うん。おはようございます……?」
「はい!」
 泣いていた赤ん坊が泣きやむよりも早くリスは表情をころりと変えた。アクションの切り替えがあまりに迅速かつ的確、そして豊か。ここまでアバターを情緒的に操作することは思うよりむずかしく、健二もこれほどスムーズには無理だ。キング・カズマのように無表情がデフォルトであるならば考えるまでもなく楽だが味気ないし、なによりこのリスはそういうキャラクターではない。一度ラヴェリングされた性格はそうそう変更できない。オンラインだけならまだしも、リアルの知り合いもいるとなればなおさらだ。
 ひとまず深呼吸を何度かくりかえすことで全力疾走からしばらく経った心臓を落ち着けて、腰抜け状態からなんとなく正座に直った。
「えっと、訊いてもいいかな?」
 しかし距離は一メートルほど開けたままで健二は首をかしげる。
「はい。なんでしょう?」
 リスもまた首をかたむけるが、重心の関係でいまにも転がっていきそうだ。それはそれでかわいいのかもしれないが自分のアバターかと思うと間抜けすぎて涙が出てくる。
「ここ、どこ?」
「OZイントラネット内エリアコード・9400100-repxeです」
「第四九実験ステージって昨夜の……でも、こんなんだったっけ。ここ」
「該当データがありません」
 質問に対し、リスははきはきと答える。ほぼゼロタイムで受け答えができるあたりさすがはアバターと言ったところだろうか。
 いくらすっとぼけた見た目でもちゃんと機能しているんだなあと偏見じみたことを考えながら健二はさらに問いかける。
「そっか。あ、時間は?」
「日本時間でいいですか?」
「うん」
「一〇時六分四〇秒です」
「一〇時……え? 一〇時っ?」

「ご、午前と午後どっち!?」
「二四時間制に再設定しています――二二時七分五四秒です」

 (中略)



2、
 しあわせを語りなさい。
 あなたの苦悩を除いたところで、
 世界はかなしみに満ちているのだから。

***

途中原稿

 あわてなくてもいい朝は本当にのんびりできる。ふつうに学校がある平日の朝はいつだってばたばたとあわただしくて、いまみたいに縁側に座って朝ごはんを待っているなんてあり得ないことだ。たしかに健二の家は縁側なんて存在しようがないマンションだし朝ごはんはいくら待ったところで出てこないけれどそういう意味ではなくて、要は気のもちようだ。気持ちに余裕がもてるのはとてもいいことだと改めて実感する。
 上田に来てからこちら、他人さまの家ということで生活のリズムを合わせていたせいか、自然と自分のリズムが矯正されたような気がしてならない。もちろんわるい意味ではなくて。たとえば朝起きるのが苦痛ではなくなって、朝ごはんをきちんと食べないと動けない感じがするのだ。たった数日間でいままでの生活が覆されたことはおどろきだが同時にそれはこの陣内家に来たからだろうとも思う。修学旅行に近い感じで泊まっているけれどそういうのとはまたちがうような。
 とにもかくにも現在時刻は午前七時ちょっと過ぎ。自宅であればまだ寝ているか、最悪寝たばかりというような時間帯に健二は縁側に立つ柱に背中をあずけていた。布団をたたんで服も着替えて、ほかにすることがない状態。女性陣は朝ごはんの支度中、男性陣はなにをしているかよくわからない。なにか手伝おうにも逆に邪魔になってしまいそうだ。一日のうちに一番いそがしいのが朝ということは経験則からもわかっている。そういうときはおとなしくしておいて、後片付けなどを進んで手伝ったほうがだいぶ利口だし相手もぴりぴりしない。これは母から学んだこと。
 いまはひとりでいることのほうが多いけれど小学生のころはちゃんと母が家にいて、健二が中学校にあがったくらいから自分の仕事を再開させていった。陣内の人たちには両親が健二をほったらかしにしているみたいな説明になってしまったけれど、この不況のなかでいそがしくはたらいている両親を責められようはずがない。金銭のことは一括振り込みなのでなんとも言いがたいがもし本当に家庭を顧みていないのであれば二週間に一、二回ほど連絡を入れるなんてことはしないと思う。だいたいは電話で、それが無理なときはメールで。父からのは時差の関係で真夜中であることが多いけれど言葉少なに健二のことを気にかけてくれているのがわかるからそれで十分だ。母のほうは面談や保護者会にはなるべく参加してくれているから完全にノータッチというわけでもない。家族三人で過ごす時間はぐんと減ったけれど健二だって来年には一八歳になる。親の同意がもらえれば結婚できてしまう年齢だ。いつまでもさびしがってはいられない。
 くあ、と健二はあくびを噛み殺す。
 ラブマシーンの一件のせいで明らか健二とわかる写真がニュースに流れてしまってから数日経った昨夜になって母からコンタクトがあり、ひとまずということで解放されたときには二時をまわっていた。それからぱたりと寝て起きてこの時間。いつもなら昼過ぎまで寝ているような感じだけれどここ何日かで身についた週間ですっきり起きられたのは奇跡だ。夏だというのにこの辺りはすずしいから起きやすいのも理由のひとつ、健二に宛がわれた部屋の風通しがいいこともたぶん一因。自宅では熱帯夜から逃げるために冷房をかけては喉を痛めていたので、慣れればなんとも快適すぎる環境だ。佳主馬に言わせれば不便なところで、たしかにそれはそうなのだけれど(だって最寄りのコンビニに行くにもバスを使わなければならないなんて!)
「小磯くん?」
 ふと声をかけられ、柱から背中を離して振りかえる。
「奈々さん」
 七分袖のTシャツにショートパンツという快活な服装はここ数日間で見慣れたものだ。エプロンを片腕に引っかけているからこれから台所に向かうのか。あまり引き留めてはいけないと思い、しかし健二は朝の礼儀として軽く頭を下げた。
「おはようございます」
「おはようございます。ごめんなさい、朝ごはんまだなんです」
「えっ? あ、いや、そんなつもりじゃ……」
 ぼけーっとしている様子が待ちくたびれているように見えてしまったのだろう、申し訳なさそうに眉をカタカナのハの字にさせてしまった奈々に健二は首をぶんぶん振った。こんなところを愛妻家の克彦にでも見られたらなにをされるかわかったものではない。万作のところの三兄弟にはすっかり夏希の彼氏として未来の婿として認識されているから翔太以上にわりといろいろ容赦ない。このあいだなんて酔った勢いでいきなり首に腕をまわされて本当にびっくりした。
 気がつけばふたりして謝り合っていて、「おかーさーん」それを止めた声にやはりふたりして顔を向ける。
「加奈」
「加奈ちゃん」
 母を捜して渡り廊下のほうからとてとて駆けてきた幼子は名前を呼ばれたことで足を止め、きょとんとした表情で奈々と健二とを見くらべると迷うことなく母親の脚に抱きついた。別に健二がきらわれているということではないのだが地味にショックだ。あからさまに隠れられたり逃げられたりされたわけではなくても思わず肩が落ちる。彼女にとっては健二と、そして侘助はまだ要観察対象なのだろう。たったいまも健二の顔をじっと見ていることからもなんとなくわかる。ご機嫌取りに手を振ってみた。
「加奈、お兄ちゃんにおはようございますは?」
 見兼ねた奈々が膝をわずかに屈めて加奈の頭を撫でる。
 先ほどと同じように母親の顔を見あげていた娘はぐるんと首をまわして健二を向き、母親の脚越しに口を開けた。
「おはよーござます」
「はい、おはようございます」
 健二もまたきちんと言葉を返す。
小さい子というのはおとなが思っている以上に自分を取り巻く周囲から情報を吸収しているものだ。ここでおろそかな態度を取ればそれだけで子どもは相手にわかりやすく失望する。なまじ理性的に考えるようになってくる年ごろだから余計に気をつける必要があって、もしここで下手なことをすれば加奈のなかにあまりよろしくない範例をつくることになってしまう。
 常識は物心つく前から培われるもので、子どもがどう育つかは環境によりけり。ほとんど家庭科の授業の受け売りだけれどそうだろうなあと納得している部分が大半だ。なにせ健二自身、両親が共働きで家にいないのはふつうのことだと極々最近まで思っていたくらいだから。母ならまだしも父が家にいるとかなにそれこわい。
 現在海外に単身赴任中の口下手な父親を思い出していると突然組んでいた足に重みを感じ、目を向けてみれば小さな頭があって「うわっ」思わず身を引いた。瞬間、当然のように柱に後頭部を打ちつけて「痛っ!」健二は短い悲鳴をあげる。
「たたたた……」
「ちょ、小磯くん大丈夫? すごい音したけど」
「え、ええ。まあ……」
 心配そうな奈々に健二は後頭部を撫でながらへらりと笑う。衝撃で舌を噛まなかったのは幸いだったが思いきりぶつけたせいで視界が一瞬だけぐわんと揺れた。転げ落ちた消しゴムを拾うのに机の下に潜ってそのまま身体を起こして以下略なダメージとどっこいどっこいだ。
 ふと、あぐらの上に座った加奈と目が合った。子ども特有の大きな目がぱちんとまばたいて、ことりと首がかたむいた。
「だいじょーぶ? いたい?」
「あー、うん。大丈夫だよ」
「そっかー」
 手を当てて痛みを鎮めながら言えば多少なりとも不思議そうにしながらも加奈はうなずいた。事実、頭をぶつけたのは状況把握能力と落ち着きのない自分のせいなのですなわち自業自得だ。
 しかし目撃者がどう捉えるかは予測不可能で。
「こら、加奈」
 自分の娘に非があると取った奈々は先ほどの不安そうな表情を一変させ、怒っているとわかりやすい顔をつくって加奈に向けた。
「お兄ちゃんにごめんなさいしなさい」
「えー」
「えー、じゃないの。ほら、ごめんなさいして」
「や!」
 奈々から顔を背けて健二の服をにぎりしめた加奈はおそらくなぜ自分がごめんなさいしなければならないのかわかっていないのだろう。

「あの、本当に大丈夫ですから! 加奈ちゃんも、本当に、全然」
「でも、瘤になったらいけないからちゃんと冷やさないと。手ぬぐい濡らしてくるから待っててください」
「いえ、本当におかまいなく……」


「朝顔、きれいだね」
「きれいー」


「わあ!」


「真緒ちゃん?」


夏の宿題13 問目:もう戻れない、戻らない、戻る気はない

 瞬間的に唇がぬくもる。
 温度もやわらかさもちがうのにただ触れているだけで心のなか、からだの芯にある容れ物になにかが注がれて満たされる感じ。とろりとしたものがすべり落ちるような。そのうちきっと触れているだけでは足りなくなるのがわかる夢心地。
 唇から感じる他人の温度がこれほど気持ちいいとは思わなかった。

Starry Heaven's

 夜空を駆ける流れ星をいま見つけられたらなにを祈るだろう。
 ベッドに乗りあがってカーテンを開けた窓からガラス越しに空を見あげた佳主馬はそんなことを考えた。
 昨夜今夜とかけて流星群のピークらしい。佳主馬自身に天体観測の趣味はないから教えてくれたのはニュースではなくて健二だ。さすがは理系というか、彼の興味は理数分野全般におよんでいるようでそれは手伝ってもらった夏休みの宿題からもわかることだ。いちばんは数学で、二番が理科の第一分野、その次に第二分野。自信がないように言っていた中学英語だって楽勝だったし、なんだかんだで勉強のできる人だ。佳主馬にはちんぷんかんぷんな問題だってするする解いてしまう。
 そんな健二が笑って教えてくれた流星群。流れ星なんて上田で散々見たはずなのに、やっぱり東京の人にはめずらしいのだろうかと偏見的に思う。
 窓枠に頬杖を突いて上目に見あげる夜の空。なんとなく待っているけど方角が合っている自信はない。そこまでちゃんと聞いてなかった。
 時刻はもうすぐ午前二時。いままでは平気で起きていたけれどとりあえず健二の背を抜くため最近は早寝に努めているのでそろそろ眠い。今夜はよく晴れているし、東京にくらべたらずっと見えやすいと思っていたのにちっとも流れやしない。興味はうすくても待っていたからにはそれなりに残念な気持ちだ。
 もう寝てしまおうか。くあ、とあくびを漏らしてにじんだ涙をぬぐったら、
「あ」
 弧を描いて空が裂けた。
 たった一筋だけ見えた空に墜ちた光の軌跡。ロマンチックでもなんでもない、落下物の消滅現場。
 佳主馬は窓枠を支えにベッドに膝立ちになると窓ガラスに頬がくっくきそうなほど身を乗り出した。また流れないだろうかと目を凝らしても明るい星がちかちかしているだけどその気配はない。少しだけ落胆。
 でも見えたことに変わりはなく、佳主馬は近くに放ってあったケータイを手に取った。かしゃりとスライドさせ、メール作成画面をひらく。本当は電話したいけれどもう寝ているかもしれないし。
 かしかしとキーを打つ。パソコンとちがって遅々としか文をつくれないのがひどくもどかしい。家族以外とメールなんて滅多にしなかったからどういうのが適切なのかもまだわからない。チャットよりはかたくて。パソコンでやり取りするメールよりは気軽なイメージ。
 流れ星を見た。
 それだけを伝えるのに送信ボタンが押せなくて白っぽいメール画面をじいと見下ろす。わざわざメールにしてまでいま伝えることだろうか。べつに今度チャットしたときに言えばいいような気さえして、佳主馬は小さくため息を漏らす。こんなことで悩んでいるなんて馬鹿みたいだ。
 いっそ消してしまおうか。ふとそう思いついてケータイを操作し、削除しますか、にためらいながら親指を決定キーに乗せた。
 瞬間、ケータイの画面が切り替わった。
「!」
 けたたましく鳴る着信画面におどろき、佳主馬は反射的にキーを押した。二コール目なかばで手のなかのケータイは静まり、画面では通話時間のカウントがはじまる。
 不可抗力に出てしまったけれどこんな時間にだれだろう。三〇秒を超えたカウントアップ。電話してきた相手がだれかなんてたしかめる余裕なんてなかった。佳主馬が黙っているからかスピーカーの向こうもまた沈黙して――いや、がさがさと音がする。ビニール袋がこすれるみたいな。
 もしかして、とひとつまたたいて。佳主馬はのろのろとケータイを耳にあてがった。
「……健二さん?」
『あれ、起きてる?』
 聞こえてきた声はやはり健二のものだ。しかし素でとぼけているようなそれに佳主馬は眉根を寄せる。
「なにそれ」
『や、たまに寝ぼけて電話に出る人いるからさ。てっきり佳主馬くんもその口かと』
「じゃあなんでかけてきたの」
 変にいらいらして言葉がきつくなった。言った直後に失敗したと思ったけれど時すでに遅く、とうに健二の耳に届いている。
『それは……』
 案の定健二は口ごもった。
 意味不明なノイズにしか聞こえないそれに佳主馬は自分に苛つく。そんな声が聞きたいのではないのにどうもうまくいかない。理性的になるのがとてもむずかしい。いつだっていっぱいいっぱいだ。
 なんて、かっこわるい。
『星を』
 自己嫌悪でどうにかなりそうになっていたそのとき、健二がはきとした声でそう言ったのに佳主馬はぱちりとまばたく。
「ほし?」
『ほら、今夜は流れ星がたくさん見えるって言ったよね? だから、佳主馬くんは見たかなって、それだけ』
 くだらないですみません。結ぶ健二の声がフェードアウトする。
「そんなことない!」
 思わず佳主馬はさけんでいた。
 無意識に握りしめたケータイがぎしりと軋む。握力はクラスで平均的なほうだからたぶん火事場のなんとやら。それでも手のひらサイズの電子機器の硬度には叶わず軋んだだけだ。基礎値がまだまだ子どもとかそういうのはいまはどうでもよくて。
『佳主馬くん?』
 確実におどろいている健二に呼ばれた名前に応じるように佳主馬は自分に落ち着けと念じる。落ち着け、落ち着けと何度もくり返しをする。
 ここで正しく言葉を返せなければこの電話は健二にとって失敗と見なされてしまう。佳主馬はちゃんとうれしかったのに。くだらない内容でも大事なことでもなんでも、健二から電話がかかってこなくなるのは嫌だ。たしかないまはすごい夜中だけれど、リダイヤルだけ埋まって着信履歴にひとつも名前がないのではまるで佳主馬ばかりが健二を好きみたいだ。それは単純に悔しくて不安でさびしいこと。
 努めて何気なくガラス越しに外を見あげる。
「見たよ。流れ星」
『本当? いいなあ、こっち曇っちゃってるんだよね。どんな感じ? たくさん流れてる?』
「ううん。一個だけ」
『そっかー。じゃあ願い事できなかったんだ?』
 図ったように訊ねられ、詰まった息を深呼吸で押し流す。肺が酸素を取りこんで全身に行き渡り、視界がクリアになった気がした。
「する前に、叶ったから」
『え?』
「流れ星見た後、お兄さんの声が聞きたいって思った。そうしたら電話かかってきて、ねえ、これってすごくない?」
 笑い声まじりに佳主馬はそう言ってやった。腹を決めたら自分でもびっくりするくらい(きれいな言葉ではないけれど)きれいに言葉になって、ちゃんと伝えたいと思う好きの気持ちは絶大だ。いつかは絶対になるはずの原動力。だって佳主馬はきっとこの人がずっと好きだと思うから。
 だがしかし。健二がこうして黙ってしまっているのはとても怖い。がんばって軽い感じに言ったのに、引かれただろうかという不安がひたひた歩いてくる。
「お兄さん……?」
『びっくりした……』
「は」
 思ってもみなかったリアクションに佳主馬はぱちんとまたたいた。
「なんで」
『や、だって……コンビニの帰りに空見たら曇ってて名古屋はどうだろうってそれで、佳主馬くんと話したいなって思って電話したわけで』
 途端、健二がおかしそうに笑い出す。
『なんだあ、佳主馬もそうだったんだ。ふふ、両想いだね』
 一瞬なにを言われたかわからず、理解したときには顔に血がのぼっていた。
「お兄さんなに言って……!」
『あれ? ちがった?』
「ちがっ、くないけど……ほかに言い方なかったの?」
『えー。意外に適切だと思ったけどなあ』
 とぼけたような健二にもう沈没したくなる。これだから天然はどうしようもない。人の気も知らないで心をえぐったり撫でたりするような平気でぽいぽい言うのだから始末に負えない。夏希には冗談でも言えないくせに。無意識的なところで遠まわしに子どもあつかいされている。それはとてもとても気に入らないのに半分くらいは浮かれている自分がいることにもうにあきれた。
 健二のひと言に心臓が跳ねたのは事実だけどいくらなんでも我ながら安あがりすぎる。佳主馬はため息をついた。この程度で一喜一憂していては告白なんてできたものではない。
「お兄さんって……」
 言葉は先につづかなかった。もしかしたらつづきなんてなかったのかもしれない。気がつかないうちに呑みこんだのは佳主馬すら知らないものだ。
『佳主馬くん、なにか言った?』
「なんでもないよ。……あ」
『どうしたの?』
「また流れた」
 先ほど見たのより少し離れたところで白いものが走る。それを皮切りに次々墜ちる星はまるでシャワーのようだ。花火みたいに欠片が降ってきそう。でも一度にたくさん流れすぎていわゆるありがたみみたいなものはちっとも感じられない。けれど。
「今度はいっしょに見られますように」
 夜に冷えたガラスに手のひらで触れながら青白くひかって降る降る星に佳主馬は小さくつぶやく。星がひとつ流れるのはあまりにも速くて三回も唱えられない。どうして地球をかすめて墜ちるだけの物体に願うのかもわからない、それでも。目がまわりそうなくらいこんなにたくさん流れているのだから佳主馬の些細な願いくらい叶えてくれたっていいのに。
『見られるよ』
 当然のように聞こえていた健二がやわらかい声で言った。
「絶対?」
『絶対』
「約束だよ」
『うん』
 確証は五割もないような口約束。予定が合うかわからないし、天気だって不明。だいたい次はいつ見られるかわからない流星群。それでも約束はたくさんのほうがよかった。まもってもらえなくてもいいだなんてそんなこと佳主馬には言えないから、だから実現するかどうかは佳主馬の努力次第だ。
 夜色の空を白い光が弧を描いて裂いては墜ちる。何度でも。何個でも。目にうるさいくらい星が燃えているのに同じ国にいて同じ空を見ている健二には見えていないという。
「約束だからね」
 佳主馬はくり返す。
 同じものが見たくて背伸びして、それでも足りないから追いかけている。ただ進むだけでは遅すぎる。けれどどうせおとなになるのなら、健二のとなりに立ってちがう見方で同じものを見てふたりで笑いながら育ちたいと思うのだ。










――――――――――――――――
「すれ違いメール」
「電話しながら東京と名古屋で流星群見る」

……どうしてこうなった

夏の宿題6 問目:一方通行

 健二はまるで口ぐせのように自分は数学しかできないと口にする。もちろんそれは彼にとって事実なのだろう、しかし数学しかできないからなにももっていないのとは訳がちがう。
 OZ公式の数学に関するコミュニティで不特定多数の観衆にかこまれながら楽しそうにカードゲームに興じるケンジをカズマが見ている。また、相棒を通して佳主馬もその様子を見ていた。
 一見すればトランプゲームのひとつであるスピード。瞬時の判断力と反射神経が必要なスポーツにも似たそれだがカードの出し方が無茶苦茶だ。規則性がわからない。しかしゲームは(あり得ない速さで)つづけられているからそこにはたしかなルールがあるのだろう。参加者と、そしてそれを観て楽しめる者にしかわからない、佳主馬には理解できないルール。
 ナツキの花札にも負けないような速さでケンジはカードを重ねていく。それは対戦相手も同じことで開示された手札を中央に飛ばしては山札を繰る。そしてカードがすべてオープンになるより先にケンジの山札がなくった。
 歓声は、ない。
 OZの魔法があるのだから言葉が通じないわけはない。それはカズマに向けられる声援からもわかる。なのにいまカードでもってたたかっていた彼らは言葉を交わさず、観衆は賛美も罵詈もあたえない。おかしな空間だ。それが当たり前という空気が、そしてそれに馴染んでいる健二が佳主馬には信じられなかった。理解できない。
 第三者の介在を闖入を観覧をゆるさない闘技に興じる健二はまるで別人だ。佳主馬には見えないちがうものを見て笑っている。佳主馬のものを見て楽しめるくせに、佳主馬はなんの感想を抱くこともできない。だって、わからないから。
 カードがふたたび配されて、沈黙に落ちた決闘がまたはじまる。
 ケンジはちらりともカズマを見ないでカードを繰るだけで。
 ひどく、不公平だった。

戦カの痣花

 思えば。帰宅して家のドアが開いているとそれだけでものすごくそれはもう飛びあがらんばかりにおどろいてしまって心臓がどきどきしたものだったな、と。カードキーをリーダーに通して認証させながら健二は昔のことを思い出す。あれはいつのことだったろうか。ランドセルの肩ひもをぎゅうとにぎった感触を覚えているからとりあえず小学生のことだ。最短で五年前、最長で十一年前。あのときは懸命に避けていた夜勤に夜勤を重ねた母が洗濯をしに一時的に帰宅していただけであったけれど、明るいうちに聞くことの少ないおかえりのひと言に、なんとかえせばいいのかわからなくなってしまったんだっけ。
 小学生の自分の幻影が見えた気がした。もちろん気のせいだ。昔は引っぱるのにも少し苦労したハンドルを軽々引いて、がちゃりとドアが開く。玄関からつづく薄暗い室内(カーテンはきちんと閉めて出かけたから)。太陽を否定するような閉じたにおい(窓の錠もちゃんと落として出かけたから)。
「ただいま」
 返事がないのをわかって帰宅を告げるのはもはや習慣になっている。ため息をつくようなことでもない当然の事象。踵をすり合わせるようにスニーカーを脱ぎ散らかしてマットを一歩踏んで、振りかえりざまにチェーンロックをかけて鍵のつまみをひねった。がちゃん。
 自室へ行く経路として通過するダイニング。キッチンに接するL字のカウンターテーブルには『学校の先輩と先輩の田舎に行ってきます』というメモが出かけた日と変わらずそこにあって、代わりに編み細工のサイドテーブルに乗ったファクシミリ付きの電話が留守録を知らせるためにチカチカと点灯していた。内容は聞かないでもなんとなくわかる。あれだけ堂々的に報道されて、ほぼ初対面であった陣内家の人たちもそれとわかったのだから両親はもちろん学校の担任や大して話したことのないクラスメイトからもかかってくるに決まっている。ケータイのほうにつながらなければなおのことだ。それ以外のことで家の電話が鳴るなんて考えにくい。黙ってひかって自己主張をくりかえす電話を無視して短い廊下を進む。
ひさしぶりの自室はうっすらとほこりの、それと慣れ親しんだにおいがした。左側にベッドとクローゼット、本棚。右手に勉強机とデスクトップパソコン。正面には大きく取られた窓ガラス。散らかるでもなく、整然としているわけでもなく。あくまでもそれなりでしかない部屋は細く開いたカーテンの隙間から洩れる街灯の明かりでぼんやりと家具が浮きあがっている。ぱち、と壁に備えつけられたオルタナティヴ・スイッチで様相が引っくりかった。光源だった外が暗く。暗所だった内が明るく。反転。人がいなければ家はただ暗いところだ。
 帰宅時のルーチンワークであるパソコンの起動は行わずに健二は背負っていたリュックサックをベッドの横に下ろした。行ったときと同じ荷物。減ったのはレポートパッドとボールペンのインク。重量的にはあまり変わりのない荷物。そもそもの前提としてもっていったものが三泊分の着替えとレポートパッドに筆記用具、ケータイの携帯充電器くらいなのだから重いはずもない。上田から東京に帰るときになって陣内の人たちはこぞって野菜やら烏賊やらをおみやげにもたせようとしてくれたけどナマモノはわるくなってしまうからぜんぶお断りさせてもらった。トマトやキュウリならまだしも、烏賊なんてどう調理していいかわからない。OZにログインすれば料理のコミュニティなんて無尽蔵にあるだろうけれどそれらを覗く気力も起きない。
 着替えを出さなければと頭は考えているのにからだは勝手にベッドに転がった。もちろんそんなわけはないので脳が命じたことだ。スプリングが軋みをあげる。
すん、と鼻から空気を吸いこんでみればあらためて自分のにおいというものがわかって。上田では感じることのなかった自分の残滓。のこりかす。二回、三回と肩で息をして。ようやく帰宅したことを実感する。アイム・ホーム。一気に全身のちからが抜けてどっとからだが重くなった。
 ただいま、というところがホームなのだとなにかで読んだ覚えがある。本を読むのはきらいじゃない。ただそれ以上に数学が好きなだけで。いってきます。ただいま。無意識にもそう言えるところがホーム。だからこの家が健二のホームなのだ。たとえ家族との会話や食事がほとんどなくても。
陣内の屋敷はにぎやかであたたかくて、十七歳の健二がはじめて体験するような物事であふれていた。栄をはじめ、みんなが健二を陣内の人間だと言ってくれたけれど。それでも健二の家はここなのだ。東京二三区内に無数にあるマンションの一室。山なんて、ましてや朝顔畑なんてないコンクリート・ジャングル。
 本当は。留守電を聞きたくないのも、パソコンを起ちあげないのも、おみやげを断ったのも、リュックにつめた着替えを出さないのも。ぜんぶぜんぶさびしいと思いたくないから。健二の家はここで、ここなのに他人さまの家である陣内の屋敷をうらやんでしまうのが情けないからだ。みっともないと思う。となりの芝が青くみえるどころの話ではない。自分の家と陣内の屋敷を比較してしまう自分が嫌だった。両親にも、陣内の人たちにも失礼だ。
 夢のような夏休み。夢でよかったのに。夢ならよかったのに。けれどあの夏は現実のもので、健二は夏希に連れられて上田に行き、お葬式とお誕生会を体験し、世界の危機に立ち会って、世界が救われる瞬間をみた。不思議の国に迷いこんだアリスはこんな気分だったのだろうか。ルイス・キャロルが描いた彼女は夢とわかってなにを思ったのだろう。
 ルルルルル、ルルルルル。家電が着信を知らせるために甲高い音でさけんでいる。ルルルルル、ルルルルル。両親か、担任か、セールス。あるいは佐久間。家のほうにかけてくるなんてその程度しか思い浮かばない。でもなんで佐久間。自分で列挙した面子を反芻して疑問に思う。眼鏡の親友はいつもケータイのほうにかけてくるのに――ああ、そうだ。
ケータイは電源を落としていたのだった。帰りの中央線に、心臓にペースメーカーがはいっているのだと声高に主張する女性がいたから。
 行きとちがって、帰りはひとりだった。夏希は両親といっしょにお盆が過ぎたら帰るという。そのときいっしょに帰ろうと言ってくれたけれどさすがにそこまで粘るにはいろいろなものが限界で。ひと足先に新幹線で乗ってきたわけだけれど。
上田駅で別れるとき、OZでお話していればさびしくないよね、と提案する夏希に苦笑をかえしたのは自分で。チャットは一度はじめてしまえば切れるのがむずかしい。電話だったらこちらの都合で切ってしまえばいいけれどチャットはなかなか言い出しにくくて、けっきょくぐだぐだと夜が明けてもくだらない、ログを見直すともう目も当てられないくらい中身がなかったりするようなことを話していたりする。てゆかもう会話ですらないような。
 ルルルルル、ルル――唐突にコールがぷつりと途切れた。中途半端なところで切れたせいでなんとなく後味がわるく、だからというわけでもないけれど健二はベッドから上半身を起こす。さすがに両親にはメールくらい出しておかないと、どちらかが帰宅したときにまた悶着が起きそうだ。ふたりずついるときはそんなでもないのに、三人になるとどうしてか空気がぎすぎすする。三は不安定な数字だから。漢数字の三の向きを変えて整えてやればそれは模範的な家族を表す字になるけれど、それでも三は不安定だ。不安定な数字。聖なる数字。たぶんそれは自分ともうひとり分のスペースしかつくれないからで、三人目はとまどってしまうからだ。健二にも覚えるのある感覚。覚えがないとは言わせない、第三者を拒絶する壁。絶対恐怖領域、にほど近いなにか。それでも自分だけでなくもうひとり分があるのはけっきょくさびしがりでしかないから。
 ジーンズのポケットからケータイを抜き取って、フリップをぱくんと押しあける。電源ボタンを一秒以上長押し。真っ黒だったディスプレイがぼんやりと発光して起動する。くたびれた白の筐体はソフトだけが真新しい。連絡手段としてOZにつながないわけにはいかないからアカウントを取り直して、陣内家の子機回線を無断借用して取得したゲストアバターをそのまま引き継いだ。権限その他はまたこれから設定するとして、今はただのメッセンジャーでしかないアバターが待受画面をひょこひょこ歩く。
 
「はい」
『遅い』
「へ?」
『なにしてたの、お兄さん』
「え? て、え!? その声まさか佳主馬くんっ?」
『そうだけど』
 
「ど、どうして番号知って!」
『夏希姉に訊いた』
「先輩に……」
『それで。なにしてたの?』
「なにって、えっと、いまさっき家着いたところで、それで」
『へえ。おかえり』
「!」
 
『今度はなに』
「いや、うん……なんでもない、です」
『キモい』
「あははは……」
 
『今晩ひま?』
「う、うん。とくに予定はないけど」
『じゃあ九時にOZ』
「へ」
『都合わるい?』
「や、そうじゃないけど」
『ふうん。アドレスとパスはあとで送るから』
 
「あ、あの!」
『なに』
「あ……えと、やっぱりいいです」
『あっそ』
「すみません」
『べつに。……約束、したからね』
「九時だよね」
『うん。じゃ、OZで待ってる』



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ここまで書いておいて飽きたとか。
でも飽きちゃったからもういいんです。
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なつゆき。

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