忍者ブログ

なつゆき。

夏と行き、夏が往き、夏に逝く

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

夏の宿題7 問目 : 「好きだよ」

 気がつけば慣れた間合いで、ふたり。夕涼みにならんで縁側に座って夜空を見あげるのはもう日課になっていた。特別に約束をしたわけではないけれど、ほとんど最後のほうぬるまった湯をもらった佳主馬がぺたぺたと板張りの床を踏んでいけばまるで待ってでもいたように健二がそこにいて、ごつごつした足首を外に投げ出している。今夜もそう。
 健二と星を見るのはそれなりにおもしろかった。いわゆる星座にまつわる話は教科書のコラム程度にしか知らないくせに、どの星はどれくらい遠くにあって、あの星は赤いから寿命がどれくらいで、目で見える流れ星の速度はどれくらいだとか。ロマンの欠片もない話。女の子じゃない佳主馬でさえうんざりするような(もしかしたら女子よりも堪え性がないかもしれない)内容だけれど健二が数字を表面に出さないで話をしてくれるのは失礼だが新鮮で。たぶん夏希は知らないんだろうなと思ったら独り占めしたくなった(だってこの人が数学を好きってことすら上田に来るときに知ったくらいだし、たぶん知らないはず)。
 ひんやりと肌にしみる縁側の温度に両の手のひらを浸してからだを支えながら佳主馬は空を見あげた。紺色の画用紙に細かい砂をばらまいたような星空はいったんうすいカーテンの向こうに隠れて、今や東からやってきた月の独壇場だ。たったひとりのための舞台。これから満ちるのか欠けるのか、西へ向かう月の横顔は不恰好だ。
「ねえ、佳主馬くん」
 しゃらしゃらと音をたてずに月の明かりが降る。それがとてもうるさくて耳をふさぎたくなった。栄おばあちゃんが大事にしていた朝顔は夜に花を開かないからしぼんでいなだれたままだ。それでも月はしゃらしゃらと明かりを降らせる。咲いても咲かなくても、どちらでもいいみたいに。なんて、うるさい。
「ここのところ毎晩見てるけど、やっぱりちょっとずつちがってくるもんだね」
 楽しそうに話す健二にも同じように月の明かりが降る。照らされた頬は青白くて、しおれた朝顔の色に似ていた。
(うるさい)
 だから、佳主馬は声には出さないでつぶやいた。耳をふさぐ。うるさい、うるさい。
「おとといくらいはもっとこっちからのぼってきてたと思ったけど」
(うるさい)
「あれだね、昔は月の観察なんて一時間だってできなかったのに」
(うるさい)
「今ならずっと夜でもいいくらい」
(うるさい)
「ねえ、佳主馬くん」
(うるさい)
 しゃらしゃらと月の明かりが降る。聞こえても、聞こえないでもいいみたいに。べつに届かなくたってかまわないみたいに音もたてずに降り積もる。
「今夜は月がとても綺麗だね」
 パジャマの袖からのびる手が気づけば慣れた間合いを突き破って、月に濡れた佳主馬の頬にひやりと触れた。
PR

名前をつけて。いっしょにしないで。

 低い座卓に向かい合って、かりかりとシャープペンを走らせるのは佳主馬の仕事。たった四日間という約束で東京から連れ出された健二は当然夏休みの課題なんてもってきておらず、年下の子どもたちに宿題を教えてまわることをもっぱらにしていた。
「重さ十キロの机があります。脚は四本あり、底面の面積は二〇平方センチメートルです。机が床に対してかける力と圧力はそれぞれいくらか。ただし力は各脚に均等にかかるものとする」。
 テキストに書かれている問題をさかさまに読みあげて、健二は台所でもらってきた黄色いちらしの裏に絵を描いた。棒が四本。その上にまた一本横に引く。たぶん机のつもりなんだろう。問題がなくて、たとえばこれだけ見せられたとしたら佳主馬は理解できる自信がない。
「まずは力のほうから出そうか。力はなんだったか覚えてる?」
「ニュートン」
「そうだね。じゃあ力が一ニュートンの物体の質量は?」
「一〇〇グラム」
「うん、そこまでわかってるならあとは簡単だよ」
 丸暗記した教科書の内容をそのままに言えば健二はうれしそうにうなずいた。
「一〇〇グラムで一ニュートン。じゃあ机は十キロだから?」
 言われ、佳主馬はちらしの一部で割り算を筆算のかたちにする。暗算でできるほど算数は得意じゃない。十キロは一〇〇〇〇グラム。それを一〇〇グラムで割るのだから両者から〇をふたつ取りはらって。
「一〇〇」
「正解。じゃあそれが四本脚に均等にかかるんだから」
 一〇〇割る四。それくらいは暗算でできる。
「二五」
「うん。そのとおり」
 ばかにしている風でもなく健二がうなずいたので、佳主馬は出した数字で解答欄を埋める。そのまま次の問題に移ろうとしたら「佳主馬くんちょっと待った」健二が声をあげた。
「佳主馬くん忘れ物」
「忘れ物?」
「うん。単位」
 血が通ってないみたいな白い指先で解答欄をとんとんたたく。
「単位は数字に意味をあたえるものだよ。数学って実は言葉が大事だから、気をつけて」  






------------------
ただしく病みあがりで書いてみたらわけわからなくなった。
本当はパスカルまでもっていきたかった。Pa=N / m2

夏の宿題1問目-別解 : 身長差

「お兄さん、ちょっとしゃがんで」
 声をかけられたと思った突然服の端を勢いよく引かれ、健二は返事をする前にすとんとその場にひざを折った。一瞬そのまま転ぶんじゃないかと危ぶんだけれど「うわ」なんとかバランスが取れて上体を安定させる。踵が浮いているせいで微妙にぷるぷるしているのが情けない。
「目、つぶって」
 いきなり屈ませられた理由を訊くより早く次の指示がきたので素直に目を閉じる。なんとなくどきどきしてしまうのは前に似たようないたずらを佐久間にやられたことがあるからで。でも佳主馬はまさか輸入物の激辛キャンディを口につっこんでくるようなことはしないだろう。されたらいろんな意味で泣く。
 す、と目もとに触れた体温が横すべりする。感覚としては一瞬。なのに敏感になってしまうのはそうやって触れられるのに慣れていないからで、でも不快ではなかった。
「もういいよ」
 なんとなく意識して心もちゆっくりとまぶたをもちあげる。文字通り目の前に不機嫌そうな佳主馬の顔。しゃがんでいるので見あげるこの位置関係が新鮮だ。立ってならんだときとは逆転する高低差。
「睫毛。ついてたから」
「そっか」
 よいしょ、と健二は手をひざに置いて立ちあがる。ふくらはぎがだいぶ限界を迎えていた。本格的に運動不足だ。ここのいるとそれがよくわかる。明日あたり畑に連れてってやると万助さんには言われたけれどだいじょうぶだろうか。もはや筋肉痛は確定だ。
「ありがとう。佳主馬くん」
 正しい高低差になって改めてお礼を言う。
 自然、健二を見あげるかたちになった佳主馬はむっとしたように「べつに」拗ねてそっぽを向いた。

夏の宿題1問目 : 年齢差

「佳主馬くんって何年生まれ?」
「平成九年」
「ってことは一九九七年だから、そっか。じゃあ佳主馬くんは知らないんだね」
「なにを?」
「阪神・淡路大震災」

夏の宿題12問目 : 距離

 夏休みの友という名の敵をひとつひとつ破壊していく。ゲームは好きじゃない。好きじゃないが、ゲームみたいなノリにでもならなければやっていられない。それでも上田の家にいるかぎりわからないなんてことはなくて。国語は夏希、英語は侘助。社会なら理一がくわしいし、理科も万作と太助がいる。家庭科の課題には強い味方が大勢いて、読書感想文だって納戸にある本を適当にななめ読みすればそれで良し。だからいまは数学の時間。むずかしいことはないけれど、同類項だ移項だ代入だと手続きがひたすらに面倒で。けれど佳主馬がおとなしく課題に従事しているのはこの退屈な時間に付き合ってくれているのが健二だという事実のせいだ。
 カリカリと細いシャー芯がノートの上をこすれている。お世辞にもていねいとは言えない字。読みづらくはないけれど読みやすくもない。左辺にxのついた項を集めて右辺を整えて符号を直してをくりかえす。事務的作業。演算機器を使えば一瞬で終わる工程なのに。答えがひとつしかないのは潔白としていて清々しいけれどスリリングさはない。楽しいかと訊かれたらためらわずに首を振る。たとえ健二の前だとしても。長時間ペンをにぎっているのはあまり得意じゃないから。
 ふと、座卓の反対側で納戸にあった教育心理学とかいう栄の蔵書を黙々と読んでいたはずの健二が突然手のひらを前に突き出した。撫でるような仕草は壁でもあるみたいなパントマイム。
「……なに、突然」
 数式を書く手をとめて、佳主馬はノートから顔をあげる。シャーペンは離さない。なんでもなければつづけるつもりだからだ。作業にはもう飽きていたけれどあと三ページは終わらせなければ納戸にもどれない。なんだって宿題の進行に親のサインがいるんだろう。横暴だ。
 ぺたぺたとなにもない空間に触れていた健二は答えないまま「うーん」首をひねる。
「三ミリ、かな」
「三ミリ?」
「うん」
「なにが」
「えっと、なんだろう。なんて言ったらいいのかな」
 自分でもよくわかっていない感じで健二はへらりと笑った。
 三ミリってどんなものだろうか。ペンケースから定規を出して、ノートの空いた部分に三ミリの線を引いてみる。一センチにくらべたらずっと短い。シャーペンをもったまま左手の親指と人差指で三ミリくらいの隙間をつくってみた。紙が数枚はさめそうなスペース。薄いベニヤ板くらいありそうな。
「……けっこうあるよ。三ミリ」
「そうだね」
 わざわざ計らないでもわかっているらしい健二はうなずいて、またぺたぺたと右手で空間を撫でる。三ミリに触れる。なにが三ミリなのだろう。なにかの長さ。なにかの厚さ。たった一センチにも満たないそれを健二は気にしている。殴れば割れてしまう薄さ。少しずれればなくなってしまう長さ。
「あ」
 また、健二が唐突に声をあげる。はっとしたように目を見張って、ちょっとうれしそうな感じ。
「二ミリになったかも」
「は?」
 三ミリだったのが二ミリになった。一ミリ減った。簡単な数式。けれどそれはなんの数字。単位は長さ。あるいは厚み。
 きっとこれは健二が好きな数学ではないのだろう。だって求めるべきは数字じゃなくて、数字と単位から求められるなにかだ。まるでクイズ。まるで謎々。
 けっきょく佳主馬はシャーペンを放り出す。ぱた、とノートを転がって中央に落ち着く様子を見ないまま手を伸ばして三ミリから一ミリ減った二ミリに撫でる健二の手に自分のそれを合わせた。健二がびっくりして手がぴたりととまる。ぱしぱしとまばたきするのがなんだかおかしい。
「これで、ゼロ?」
 佳主馬が伸ばした手は二ミリではなくて健二に触れたから。
「うん。ゼロ」
 うなずいて、にっこりと健二が笑う。正解、とは言わなかった。
 ゼロで触れた手のひらは温度が低くてでもやわらかくて。関節ひとつ分くらいずつ差がある指はいつになったらぴたりと合うのだろう。

夏の宿題8問目 : 伝えたいのに、

 過ぎていった時間といっしょに笑顔で手を振る健二になにも言えない代わりに佳主馬は何度も何度もうなずいた。だって肺にも胃にも言葉がなくて、だからなにも吐き出せなくて。言いたいことも言わなくちゃいけないこともたくさんあるはずなのに。それなのに。

水浴びの庭

 はて。あの白いTシャツはだれのだったろうか。縁側に座って両足を遠くに放り出し、片手でからだを支えながらアイスキャンディーを食んでいた佳主馬はそのままの体勢でふと思った。
 目の前ではかなりおとなげなく、かつ一方的すぎる水遊びがおこなわれている。最初はビニールプールに水を張って真緒と加奈を遊ばせていただけだったのが駄菓子屋で買ってきた水鉄砲をもった真吾と祐平が乱入し、その時点でもう健二の着ているものはびしょ濡れだ。この天候ならすぐ乾くだろうけれど話はそこで終わらない。ちゃちな水鉄砲なんかでは簡便ならんとお昼ごはんを食べにもどってきていて案の定巻きこまれた翔太が口をしぼったホースを健二に向けて蛇口をひねったのだ。ここまで来たらだれの目にもあきらかだ。こないだの一件で芝生が剥けたところが水を受けて泥状態に、そこでお子さま四人組がはしゃぐものだから顔も手も服も泥だらけだ。女性陣が見たら落雷は確実。翔太はいまだにホースの水で追いかけまわしていて、逃げまわる健二が水たまりを踏みつけてはズボンの裾に染みをつくった。
 しゃく、とソーダ味の氷菓が口のなかを冷やしながら溶けていく。今日はガリガリくんじゃなくて中央にバニラ味の芯があるソーダアイスだ。たぶん翔太が買ってきた個人のものだと思うけれどそんなの知ったことじゃない。だって健二といっしょに遊びたいのは佳主馬も同じなのにでもプライドが邪魔してまざれないからこうして待っているのに。アイスひとつじゃあ安すぎるくらいだがほかに請求するものもないのでこれで勘弁してやるのだ。コンビニのビニール袋にはもうひとつはいっていて、いちご味のみぞれもきっちり取りあげておいた。冷凍庫の奥のほうに隠したし名前も書いてあるからたぶん食べられる心配はないだろう。もちろん食べるのは佳主馬じゃない(ひと口ふた口もらうつもりではいるけど)。
 唐突に足もとの沓脱石にまで水が飛んできて佳主馬は反射的に顔をあげた。翔太がホースの口を上にぶんぶんと振りまわしているせいだった。





--------------------
サマヲで、日常的な小話
閑話のつもりだったけど流れがわるくなるので隔離
Page:
  • [1]
  • [2]
  • [3]
Top:
なつゆき。

Calendar

03 2025/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30

Latest

(08/01)
(07/28)
(09/02)
(09/02)
(09/02)
(09/02)
(09/02)

Category

Archives

link

Bar code

Analysis

Count

Designed by 0x85ab.